市場調査の目的とは
市場調査は、事業や経営の意思決定を裏付けるための情報収集と分析の体系です。目的が曖昧なまま着手すると、データが集まっても判断軸に変換できず、調査が成果につながりません。最初に押さえたいのは、市場調査の役割と他のリサーチとの違い、そして目的設定が品質を左右する理由の3点です。
市場調査の定義と位置づけ
市場調査とは、特定の市場における顧客・競合・環境の状況を把握し、経営や事業の意思決定に必要な情報を構造化して提供する活動を指します。経営判断における役割は、不確実性を下げて意思決定の精度を高めることにあります。新規参入の可否、価格設定、ターゲット選定など、検証すべき論点は多岐にわたります。
意思決定との接続を欠いた調査は、データの羅列で終わりがちです。経営層が次に取るべき行動を選べる状態まで情報を整えてこそ、調査は機能します。社内の数値分析やユーザーリサーチも広義のリサーチに含まれますが、市場調査は外部市場を対象とし、機会やリスクを定量・定性の両面で捉える点に特徴があります。R&Dの技術調査や人事領域の組織調査とは目的・対象が異なる点も整理しておきたいところです。
なぜ目的設定が重要なのか
調査が形骸化する最大の原因は、目的の言語化が不足したまま情報収集が走り出すことにあります。目的なき調査はコストが膨らむ一方で、意思決定への寄与度が下がる構造を生みます。アンケートや有識者ヒアリングは時間と費用を要するため、設問や対象を先に絞り込まないと、得られる示唆が拡散します。
投資対効果の観点でも目的設定は重要です。意思決定インパクトの大きい論点に資源を集中させ、優先度の低い情報は割り切る判断軸を持つことで、限られた予算と工数を有効に配分できます。
調査・分析・リサーチの違い
実務では「調査」「分析」「リサーチ」という言葉が同義に扱われがちですが、厳密には機能が異なります。調査は事実を集める活動、分析は集めた事実を構造化して解釈する活動、リサーチはその両者を含む包括的な探索行為と整理できます。
現場では「リサーチをお願いします」と依頼しつつ、求めているのは分析後の示唆だけ、というすれ違いがよく起こります。依頼者と実行者で「何をどこまでアウトプットするか」を最初に揃えることが、手戻りを防ぐ鍵です。情報収集だけで完了するのか、解釈と提言まで含めるのかを依頼時点で明確にしておきましょう。
市場調査を実施する主な目的
市場調査の目的は事業フェーズや論点によって多様ですが、代表的な類型は4つに整理できます。市場規模、顧客ニーズ、競合、参入可否の4軸です。それぞれの目的に応じて、必要なデータと分析の深さが変わります。
市場規模と成長性の把握
市場規模の把握は、新規事業の投資判断や既存事業のリソース配分で必須となる論点です。TAM(獲得可能な最大市場)、SAM(自社が狙える市場)、SOM(実際に獲得できる市場)の3層で捉えるのが一般的なアプローチです。TAMだけでは投資の合理性を語れず、SOMまで落として収益性を試算する必要があります。
成長性の把握も重要な視点です。年間成長率(CAGR)や市場ライフサイクルの位置(導入期・成長期・成熟期・衰退期)によって、参入優先度や投資回収の前提が変わります。停滞市場であれば既存プレイヤーからのシェア奪取が前提になり、急成長市場であれば先行者利得を狙う戦略が成立しやすくなります。
顧客ニーズと課題の理解
顧客ニーズの理解は、商品・サービスの競争力を左右します。ニーズには顕在ニーズと潜在ニーズの2層があり、後者の発掘こそが差別化の源泉となります。アンケートで聞き出せるのは多くが顕在ニーズで、潜在ニーズはインタビューや行動観察などの定性調査で初めて見えてきます。
ペルソナ設計やカスタマージャーニーマップの作成も、ニーズ理解を可視化する手段の一つです。仮説を持って顧客と対話し、検証と修正を繰り返すことで、課題仮説の精度が上がります。最初に立てた仮説が外れることはむしろ自然で、外れた事実そのものが次の問いを生みます。
競合状況とポジショニングの分析
競合分析では、まず「誰を競合と定義するか」の範囲設定が出発点となります。直接競合だけでなく、代替品や潜在的な新規参入者も視野に入れる必要があります。範囲を狭く取りすぎると、別カテゴリーから侵食されるリスクを見落とします。
差別化ポイントの抽出は、自社の強みと顧客が重視する評価軸を交差させて行います。競合が満たせていない顧客ニーズと、自社が独自に提供できる価値の重なりが「勝ち筋」になります。ポジショニングマップを作成するときは、軸の選び方が結論を左右するため、複数パターンを試すと示唆が増えます。
事業機会と参入可否の判断
新規事業の機会探索では、市場規模・成長性・競合密度・自社の強みの4要素を横断的に評価します。市場が大きくても競合が強固なら参入は難しく、ニッチでも自社の強みが効くなら勝機があります。
撤退判断の材料としても市場調査は活用されます。市場の縮小、顧客ニーズの変化、競合の優位性確立といった兆候を早期に察知できれば、損切りのタイミングを逸しません。リスク評価では、最大損失額と発生確率を数値で示し、感覚論を排除することが意思決定の質を高めます。
目的別に見る市場調査の活用シーン
事業フェーズによって、市場調査に求められる視点は変わります。立ち上げ期は機会の発見、成長期はシェア拡大、成熟期は深耕と新カテゴリー、と論点が遷移していきます。
新規事業立ち上げ時の調査
新規事業では、市場が存在するのか、顧客に課題があるのか、自社が解ける課題なのかを見極める段階となります。PMF(プロダクトマーケットフィット)に到達する前は、定量データよりも定性インサイトが意思決定の中心になります。少数の顧客から深い洞察を得るアプローチが有効です。
市場性の検証では、TAMとSOMの試算に加えて、類似領域の海外事例や隣接市場の動向を参照します。顧客課題の発見は、想定ターゲットへのインタビューで「いま何に困っているか」「現状どう解決しているか」を聞き出すことから始まります。仮説検証のサイクルを短く回し、ピボットの選択肢を残しておくのが立ち上げ期の鉄則です。
調査結果が事業計画書に変換され、投資判断につながる流れを設計しておくと、調査が形だけで終わるリスクを下げられます。
既存事業の成長戦略立案
既存事業では、シェア拡大、顧客深耕、新セグメント開拓のいずれを狙うかで調査設計が変わります。シェア拡大なら競合との差別化要因の検証、顧客深耕なら既存顧客のクロスセル余地の探索が中心となります。
新セグメント開拓では、現在カバーしていない顧客層が抱える課題と、自社の提供価値の適合度を見ます。地理的拡大、業種拡大、購買層の拡張など方向性は複数あり、それぞれ調査範囲が異なります。
成長戦略の調査では、既存顧客データと外部市場データを組み合わせて分析するアプローチが有効です。社内に蓄積された購買履歴や行動データは、外部調査では得られない自社固有の資産となります。両者を突き合わせることで、市場全体の構造と自社のポジションを立体的に捉えられます。
商品開発・改善における調査
商品開発では、コンセプト評価、価格受容性、機能優先度の3つが代表的な調査論点です。コンセプト評価ではプロトタイプや説明資料を提示し、購入意向や受容性を確認します。コンセプト段階で受容性が低い場合、開発投資をかける前に方向性を再考する判断材料になります。
価格受容性の検証では、PSM分析(価格感度測定)や複数価格帯での購入意向比較といった手法が用いられます。単純に「いくらなら買うか」と聞くだけでは、回答者の希望価格に偏るため、複数の価格設定で比較する設計が有効です。
既存商品の改善では、満足度調査やNPS(推奨意向)の経年比較を活用します。不満点の優先度をスコア化し、改善インパクトの大きい論点から手を打つことで、限られた開発リソースを成果に直結させられます。
市場調査の目的設定で押さえる視点
目的設定の良し悪しは、調査企画の段階で勝負の8割が決まります。意思決定者の視点に立ち、問いの粒度を整え、アウトプットの完成形を先に描く。この3つが押さえどころです。
意思決定者と利用シーンを起点に置く
調査目的を設計するときは、誰が、いつ、何を判断するために情報を使うのかを最初に確認します。役員会で投資判断するのか、現場リーダーが施策の優先順位を決めるのかで、求められる粒度と視点が大きく異なります。
判断材料を逆算する発想を持つと、必要な情報と不要な情報の切り分けが明確になります。取締役会向けなら、市場全体の構造と競合動向が中心になり、現場向けなら顧客の行動パターンや具体的な改善ポイントが中心になります。
報告先を明確にしないまま情報を集めると、「全方位的に網羅したけれど、誰の意思決定にも使われない」資料が出来上がります。最初に「この調査は◯◯部長の◯月の意思決定に使う」と一行で書き出すだけでも、設計が引き締まります。
問いの粒度を適切に設計する
調査の論点は大きく漠然としたままでは検証できません。「市場は伸びるか」という大きな問いを、「どの顧客セグメントで」「どの価格帯で」「どの程度の成長率が見込めるか」といった検証可能な単位に分解する必要があります。
MECE(漏れなくダブりなく)に問いを構造化すると、情報収集の抜け漏れが減ります。ロジックツリーやイシューツリーを使い、大論点から下位論点へと階層的に分解するアプローチが有効です。
仮説ベースの設計も重要となります。問いに対する仮の答えを立て、その検証に必要なデータを逆算する流れにすると、情報収集の過剰や不足を防げます。仮説が外れた場合も、外れた事実から新たな問いが生まれ、調査が深まります。
アウトプットの完成形を先に描く
調査着手前に、最終アウトプットの骨子を仮置きしておく方法が効果的です。報告書のページ構成、各ページに載せる図表、結論の方向性まで、空欄の状態でドラフトを作っておきます。
完成形を描くと、どのデータが必要で、どのデータが不要かが明確になります。「この図表を作るためにはこのデータが要る」と逆算できると、情報収集の効率が大きく上がります。
求められる粒度も先に確認します。経営層向けの3ページサマリーと、事業部向けの50ページ詳細レポートでは、必要な分析の深さが違います。ストーリーラインの仮置きを共有することで、調査途中での認識ずれや追加要求を抑えられます。完成形のイメージは、関係者の合意形成を加速させる装置としても機能します。
目的に応じた市場調査の進め方
調査プロセスは、企画、デスクリサーチ、一次調査、分析の4ステップで構成されます。各ステップで論点と仮説を更新しながら進めると、最終アウトプットの精度が高まります。
調査企画と仮説構築
調査企画では、論点の構造化、仮説立案、調査設計書の作成を行います。論点はイシューツリーで階層化し、上位の問いから下位の検証可能な問いまでを書き出します。
仮説立案は、現時点で持っている知見と前提から「答えはおそらくこうだろう」という見立てを作る工程です。仮説のないままデータを集めると情報が拡散しやすく、示唆抽出のフェーズで苦労します。
調査設計書には、目的、論点、仮説、調査手法、サンプル設計、スケジュール、予算、関係者を一枚にまとめます。関係者全員の認識を揃える基準書として機能し、途中での方針変更を防ぐ役割を果たします。
デスクリサーチによる情報収集
デスクリサーチは、公開情報を収集して市場の概観を把握する工程です。政府統計、業界団体のレポート、企業のIR資料、業界紙の記事などが主な情報源となります。
公的統計は無料かつ信頼性が高い情報源として活用できます。経済産業省の業種別統計、総務省の通信動向、各業界団体の白書などは、市場規模の概算や経年トレンドの把握に役立ちます。
業界レポートを読むときは、調査時点と前提条件の確認が欠かせません。古いレポートを最新情報として扱ってしまうと、結論が大きくずれます。情報源の信頼性評価では、調査主体、調査手法、サンプル数、調査時期の4点を必ず確認しましょう。
一次調査の設計と実施
一次調査は、自ら顧客や有識者に接触してデータを取得する工程です。アンケートやウェブ調査などの定量調査と、インタビューやフォーカスグループなどの定性調査を、目的に応じて使い分けます。
| 調査手法 | 向いている目的 | 代表的な制約 |
|---|---|---|
| 定量調査 | 仮説の検証、市場の数値把握、セグメント別の比較 | 設問外の発見が得にくい |
| 定性調査 | 仮説の発見、潜在ニーズの探索、行動文脈の理解 | サンプルが少なく一般化に注意 |
| 店舗・現場観察 | 競合店舗・サービスの実態把握 | 法的・倫理的配慮が必要 |
| エキスパートインタビュー | 業界構造や規制動向の把握 | 知見の偏りを補正する設計が必要 |
サンプル設計では、母集団を代表する属性比率になるよう、年齢・性別・地域・購買頻度などで層別化します。ヒアリング設計では、聞きたい論点をすべて聞こうとせず、深く掘る論点を3〜5個に絞ると、対話の質が上がります。
分析と示唆の抽出
分析フェーズでは、集めたデータを構造化して意思決定に使える示唆まで落とし込みます。最初に行うべきは、事実と解釈の分離です。データから直接読み取れる事実と、それに対する解釈を区別しないと、結論が事実に裏付けられているのか主観なのかが見えなくなります。
示唆出しでは「だから何が言えるのか(So What)」と「ではどうすべきか(Now What)」の2段階で考えると、意思決定への接続性が高まります。事実から示唆、示唆からアクションへと一貫した論理の流れを作ります。
意思決定への接続では、提示する選択肢と推奨案、各選択肢のメリット・デメリット、判断基準を整理します。最終的な決定は意思決定者が行うため、判断材料を過不足なく揃える設計を心がけましょう。
市場調査の目的達成に役立つフレームワーク
フレームワークは、複雑な情報を整理して論点を抽出する道具です。目的に応じて選択し、組み合わせて使うことで分析の質が上がります。代表的な3つを紹介します。
3C分析で市場構造を捉える
3C分析は、Customer(顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の3要素から市場構造を把握する基本フレームです。新規事業の検討や既存事業の戦略見直しなど、幅広い場面で活用されます。
顧客分析では市場規模、成長性、セグメント、購買行動を整理します。競合分析ではプレイヤーマップ、各社の強み・弱み、戦略動向を捉えます。自社分析では強み・弱み、リソース、組織能力を棚卸しします。
陥りやすい誤用は、3要素を別々に分析して終わってしまうケースです。3Cの本質は3要素の交点に勝ち筋を見出すことにあり、顧客が求めているもの、競合が提供できないもの、自社が提供できるものの重なりを探す視点が要となります。
PEST分析でマクロ環境を把握する
PEST分析は、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4観点で外部環境を捉えるフレームです。中長期の戦略立案や新規市場参入の検討時に活用されます。
政治では法規制、税制、政府方針が論点となります。経済では景気動向、為替、金利、所得水準を見ます。社会では人口動態、ライフスタイル変化、価値観の推移が含まれます。技術では新技術の登場、特許動向、デジタル化の進展を捉えます。
PESTは中長期視点での活用に向いており、足元の戦術検討には粒度が粗すぎる点に注意が必要です。3〜5年スパンの事業環境変化を構造的に捉え、戦略の前提となるシナリオを描くために用います。各要素を機械的にリストアップするのではなく、自社事業への影響度と発生確率を軸に重要度を評価する設計が有効です。
5フォース分析で競争環境を読み解く
5フォース分析は、業界の収益性を決定する5つの競争要因を分析するフレームです。マイケル・ポーターが提唱した手法で、参入判断や競争戦略の検討で広く使われています。
5つの要因は、既存競合の競争度、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力です。各要因の強弱が業界全体の収益性を左右します。
| 5つの要因 | 強くなる条件の例 | 業界収益性への影響 |
|---|---|---|
| 既存競合 | プレイヤー数が多い、製品差別化が困難 | 価格競争で利益率低下 |
| 新規参入 | 参入障壁が低い、初期投資が小さい | 既存プレイヤーの利益が分散 |
| 代替品 | 代替手段の性能向上、価格優位性 | 業界需要そのものが縮小 |
| 買い手の交渉力 | 買い手が集約、切替コストが低い | 値下げ圧力が強まる |
| 売り手の交渉力 | 供給元が限定的、独自技術を保有 | 仕入れコストが上昇 |
5フォース分析は業界の構造的な収益性を見極める道具であり、個別企業の競争力分析には別のフレームを併用するのが実務的なアプローチです。3C分析やバリューチェーン分析と組み合わせると、業界構造と自社ポジションを総合的に捉えられます。
市場調査が失敗する典型パターン
市場調査の失敗は、調査スキルの問題というよりも、目的設計や論点構造の不備に起因することが多くあります。失敗パターンを把握することで、自社の調査品質を引き上げられます。
目的が曖昧なまま着手してしまう
最も多い失敗パターンは、目的設定が曖昧なまま調査が始まってしまうケースです。「とりあえず競合の状況を調べたい」「市場全体を把握しておきたい」といった漠然とした依頼から、数ヶ月後に分厚い資料が出来上がるものの、誰の意思決定にも使われずに終わります。
論点設計の不足は、後工程のすべてに悪影響を及ぼします。情報収集の範囲が定まらず、分析の深さも一定にならず、最終的な示唆も焦点を欠きます。
意思決定との断絶を防ぐには、調査依頼時点で「この調査結果を誰がどう使うのか」を一行で書き出すルールが効果的です。書けないなら、目的が固まっていない証拠として、依頼前の論点整理に立ち戻る判断軸として使えます。アウトプットの形骸化は、調査開始時点で半分は決まっています。
データ収集が目的化する
調査が進むにつれて「もっとデータが必要では」と情報収集が肥大化するパターンも頻発します。アンケートのサンプル数を増やす、インタビュー対象を広げる、補足の業界レポートを追加する、といった形で工数だけが膨らみます。
情報過多はむしろ意思決定の質を下げる側面があります。データが多くなるほど、本当に重要な示唆が埋もれやすくなり、報告書も冗長化します。
示唆抽出の欠落は、データを集めれば自動的に答えが出ると考えてしまう誤解から生じます。データはあくまで材料であり、示唆は分析者が解釈と論理によって生み出すものです。情報収集の段階で「この情報がどの問いの答えになるのか」を都度確認する習慣が、データ収集の目的化を防ぎます。
結論ありきの調査になる
経営層や事業責任者が望む結論が先に決まっており、それを裏付けるデータだけを集めてしまうパターンも要注意です。意思決定者が「この市場は伸びる」と確信しているとき、調査担当者は無意識に成長性を支持するデータを優先してしまいがちです。
バイアスの混入は、設問設計、サンプル選定、データ解釈のすべてのフェーズで起こり得ます。誘導的な設問、特定の属性に偏ったサンプル、都合の悪いデータの軽視といった形で、結論の客観性が損なわれます。
客観性を担保する仕組みとしては、反証仮説を必ず立てる、複数のデータソースで交差検証する、第三者レビューを入れる、の3点が有効です。「もし市場が伸びないとしたら、どんなデータが見えるはずか」と問い直すだけでも、バイアスの自己検出が進みます。意思決定者の意向を尊重しつつ、不都合な事実から目を逸らさない姿勢が、調査の信頼性を支えます。
市場調査の目的を成果につなげるポイント
調査結果を意思決定に結びつける勘所は、上流の経営アジェンダとの接続、一次情報重視の姿勢、実行アクションの具体化の3点に集約されます。
経営アジェンダと接続する
市場調査の成果を最大化するには、経営アジェンダと調査論点を直結させる設計が前提となります。経営層が抱える戦略課題、たとえば「次の3年でどの事業を伸ばすか」「収益性をどう改善するか」といった大きな問いから、調査の論点を逆算する流れです。
アジェンダ設定の段階で経営層を巻き込むと、調査が経営判断に直結する確率が大きく上がります。調査担当者だけで論点を決めると、現場視点に偏り、経営層の関心事から外れる場合があります。
上申に耐える設計では、結論、根拠、推奨アクション、リスク、必要リソースをワンセットで整理します。経営層は限られた時間で複数の意思決定を行うため、論点を絞り、判断材料を簡潔に提示する構成が求められます。サマリー1ページで意思決定できる粒度まで磨き込むことが理想です。
一次情報を取りに行く姿勢を持つ
二次情報だけに頼った調査は、競合と差別化された洞察を得にくい構造があります。同じレポートを参照すれば、誰が書いても似た結論になります。顧客接点で得られる一次情報こそが、自社固有の判断材料になります。
顧客インタビュー、現場観察、店舗訪問、展示会での対話など、自分の足と耳で集める情報は、量こそ少ないものの、質と独自性で二次情報を上回ります。アンケートの数値だけでは見えない購買の文脈や、レポートには載らない業界内の力学が浮かび上がります。
二次情報との組み合わせも重要です。一次情報は具体的で示唆に富む一方で、サンプルが少なく一般化に注意が要ります。二次情報で全体像を押さえつつ、一次情報で深掘りする二層構造が、調査の精度と説得力を両立させる王道のアプローチです。
実行アクションまで描き切る
調査が「示唆出し」で止まると、実行に移されないまま棚上げされるリスクがあります。示唆からネクストステップへの橋渡しを、調査側で描き切ることが成果につなげる鍵となります。
実行アクションを設計するときは、誰が、いつまでに、何を行うかを具体化します。「マーケティング戦略の見直しが必要」では動けません。「営業部のA部長が、来期のターゲットセグメントを3つから2つに絞り込む方針を、来月の経営会議で提案する」レベルまで落とし込みます。
PDCAの設計も併せて行うと、調査結果が一過性で終わらず、継続的な改善に組み込まれます。実行後の効果検証指標、検証タイミング、修正の判断基準を事前に決めておけば、施策の効果が見えやすくなり、次の調査の出発点にもなります。実行責任の明確化は、調査担当者の影響力を組織に残すうえでも重要な仕掛けです。
市場調査の目的に関するよくある質問
現場でよく聞かれる疑問を3つ取り上げ、実務目線で回答します。
市場調査とマーケティングリサーチの違いは
市場調査は外部市場の構造把握を中心とし、マーケティングリサーチは商品・サービスの開発やプロモーションに直結する顧客視点の調査が中心となります。
| 観点 | 市場調査 | マーケティングリサーチ |
|---|---|---|
| 主な目的 | 市場構造・競合・参入可否の把握 | 顧客行動・商品評価・販促効果の検証 |
| 主な対象 | 市場全体・業界・競合 | 顧客・購買行動・ブランド |
| 主な利用部門 | 経営企画・事業企画 | マーケティング・商品開発 |
実務では両者を厳密に分けず、「市場調査」と総称して使う場面も多くあります。重要なのは用語の正確さよりも、調査目的と必要な視点の合致です。
外部委託と内製はどう判断するか
外部委託は専門性とスピードが必要な場合に向いており、内製は知見蓄積と継続性を重視する場合に向いています。判断軸は、コスト、専門性、スピード、知見蓄積の4点です。
調査会社への委託は、定量調査のサンプル確保や、業界専門家へのアクセスといった面で強みがあります。一方で、自社の文脈理解や継続的な調査運用は、内製の方が有利です。初回は外部委託で型を学び、2回目以降を内製化する併用パターンも有効となります。中長期の調査機能を社内に蓄積したい企業には、ハイブリッド型がよく選ばれます。
予算規模の目安はどう考えるか
予算は調査手法と意思決定インパクトで大きく変わります。手法別のコスト感としては、デスクリサーチが最も安価で、ウェブアンケート、専門家インタビュー、定性インタビュー、フィールド調査の順にコストが上がる傾向があります。
意思決定インパクト基準で考えると、数億円規模の投資判断に対して数百万円の調査費用は妥当な範囲ですが、数十万円規模の施策判断に同額をかけるのは過剰です。調査投資のROIは、意思決定の精度向上による期待利益と調査コストの比較で評価するのが実務的なアプローチです。
予算が限られる場合は、意思決定インパクトの大きい論点に絞り込む、デスクリサーチで仮説検証してから一次調査の対象を絞る、社内データを活用するといった工夫で、コストを抑えつつ示唆を最大化できます。
まとめ|市場調査の目的を起点に成果を最大化する
市場調査は、目的設計の質が成果の8割を決めます。最後に本記事の要点を振り返り、次の一歩を確認します。
目的設定が調査品質を決める
市場調査の品質は、調査スキルや予算規模よりも、目的設定の精度に強く依存します。意思決定者と利用シーンを起点に置き、問いの粒度をMECEに設計し、アウトプットの完成形を先に描く3点を押さえれば、調査の方向性は大きくぶれません。
データ収集の量や分析手法の高度さに目が向きがちですが、上流の論点設計こそが投資対効果を左右します。調査着手前に「この調査は誰のどんな意思決定に使うのか」を一行で書けるかが、品質の試金石となります。
次の一歩としての調査企画
本記事の論点を実務に落とし込む第一歩は、自社が抱える経営・事業課題の言語化から始まります。曖昧な問題意識を、検証可能な問いに分解する作業が、調査企画の出発点です。調査企画書のドラフトに着手し、関係者と論点・仮説・アウトプットの認識を揃える工程まで進めば、その後の情報収集と分析は格段に効率化されます。
- 市場調査は、意思決定の精度を高めるための投資である
- 目的設定の質が、調査全体の品質を決める
- 4類型の目的(市場規模、顧客、競合、参入可否)を意識して設計する
- フレームワーク(3C・PEST・5フォース)は組み合わせて使う
- 実行アクションまで描き切ってこそ、調査は成果につながる