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カーボンクレジット市場規模とは

カーボンクレジット市場は、脱炭素に向けた政策強化と企業の自主的な取り組みを背景に、世界規模で拡大が続いています。市場規模を読み解くには、市場の定義、需給を生む制度的背景、2種類の市場区分の違いを押さえることが出発点になります。最初の章では、これらの土台を整理します。

カーボンクレジットの基本概念と仕組み

カーボンクレジットとは、温室効果ガス(GHG)の排出削減量や吸収量を1トン単位で取引可能にしたものです。森林保全、再生可能エネルギー導入、省エネ設備更新といったプロジェクトが生み出した削減成果を、第三者機関が検証・認証し、購入企業が自社排出のオフセット(相殺)に充当します。

クレジットの一生は、おおむね4段階に整理できます。プロジェクトの認証申請、第三者検証、登録簿への発行、購入後の無効化(リタイア)という流れです。一度無効化されたクレジットは再利用できないため、二重計上が起きにくい仕組みになっています。

オフセットはあくまで「自社で削減しきれない残余排出への補完」と位置づけるのが原則です。削減努力を尽くしたうえで残った排出を相殺する、という順序を理解しておくことが、後続の議論の前提になります。

市場が拡大している背景

需要拡大の最大の推進力は、パリ協定とネットゼロ宣言の世界的な広がりです。世界各国・地域がカーボンニュートラル目標を掲げ、産業界もそれに追随する動きが加速しています。日本も2050年カーボンニュートラルを宣言済みであり、企業に求められる削減水準は年々厳しくなっています。

企業側の動機としては、SBT(Science Based Targets)認定の取得や、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った開示要請への対応が挙げられます。SBT認定では削減経路が定量的に問われ、残余排出への対応策としてクレジット活用が検討されます。

加えて、機関投資家からのエンゲージメントや取引先からのサプライチェーン要請も無視できません。Scope3排出量の開示と削減を取引条件に組み込む動きが製造業や流通業で広がっており、中堅企業まで巻き込んだ需要拡大が起きています。

ボランタリー市場とコンプライアンス市場の違い

カーボンクレジット市場は大きく2種類に分かれます。法令や制度に基づくコンプライアンス市場(強制市場)と、企業が自主的に参加するボランタリー市場(自主市場)です。両者は価格水準も需要構造も異なります。

項目 コンプライアンス市場 ボランタリー市場
参加根拠 法令・制度に基づく義務 企業の自主的判断
代表例 EU-ETS、米カリフォルニア州CCA、韓国K-ETS VCS、Gold Standard、J-クレジット
価格水準(2025年) 概ね高め(EU-ETSで60〜80ユーロ前後) 低〜中位(数ドル〜数十ドル)
価格決定要因 排出枠の総量と需給 プロジェクト品質と買い手評価
主な買い手 規制対象事業者 ネットゼロ宣言企業、消費財企業

両市場は完全に独立しているわけではなく、近年はコンプライアンス市場でも一定割合のボランタリー由来クレジットを許容する事例が増えています。市場規模の議論をする際は、どちらの市場を指しているかを明確にすることが前提になります。

世界のカーボンクレジット市場規模と成長予測

グローバル市場の規模感は、調査機関や定義によって数値レンジに幅があります。本章では主要機関の推計を並べ、2030年・2050年の予測まで俯瞰します。

現在のグローバル市場規模データ

コンプライアンス市場とボランタリー市場では、規模に2桁近い差があります。世界銀行「State and Trends of Carbon Pricing 2025」の整理によれば、世界の炭素価格制度(ETS・炭素税)は80以上に達し、各国財政への寄与も大きくなっています。コンプライアンス市場が規模ベースでは圧倒的に大きく、その中でもEU-ETSが最大セグメントを占めます。

ボランタリー市場については、調査会社により幅があるものの、2025年時点で15〜20億ドル規模との推計が複数機関から示されています(Mordor Intelligence、Grand View Researchなど)。Roots Analysisは2035年までに数十倍規模へ成長すると見込み、Mordor Intelligenceは2030年までに3桁億ドル規模に達する強気シナリオを提示しています。

参照:World Bank「State and Trends of Carbon Pricing 2025」

2030年・2050年に向けた将来予測

McKinseyによる代表的な分析では、2030年時点でカーボンクレジットへの年間需要は最大1.5〜2.0ギガトンCO2に達し得ると推計されています。市場価値ベースでは50億〜500億ドル超のレンジで、価格シナリオに依存します。2050年には需要が現在の100倍規模に拡大する可能性も指摘されており、超長期での成長余地は大きいと評価されています。

需要急増の要因は、ネットゼロ宣言企業の増加、SBTイニシアチブを軸とした削減経路の厳格化、規制市場の対象拡大です。一方、供給側の制約は深刻化しており、品質チェックの厳格化により、課題を考慮後の供給可能量は1〜5ギガトンCO2に絞り込まれるとされています。

特に除去系(CDR)クレジットでは、2030年時点でも年間50メガトンCO2程度の供給ギャップが残ると指摘されています。需要に供給が追いつかない構造は、価格上昇圧力として持続的に働く見通しです。

参照:McKinsey「A blueprint for scaling voluntary carbon markets」「Matching durable carbon removals supply and demand by 2030」

地域別の市場動向(EU・米国・アジア)

地域別では、制度の成熟度と価格水準に大きな差があります。

EU-ETSは世界最大かつ最も成熟したコンプライアンス市場で、2025年のEUA価格は概ね60〜80ユーロ/トンのレンジで推移し、2025年12月には約83ユーロ/トンに達しました。2026年からは新たな対象部門(建物・道路輸送)を含むETS2が稼働予定であり、規模は段階的に拡大します。

米国は連邦レベルでの統一ETSは存在せず、地域ごとの制度が併存します。北東部のRGGI(地域温室効果ガスイニシアチブ)は電力部門が対象で、価格は10〜20ドル/トン台。カリフォルニア州のCCA(Cap-and-Trade Program)は対象が広く、価格水準は20〜40ドル/トン台で推移しています。

アジアでは、中国全国ETS(電力部門中心)、韓国K-ETSが既に稼働中で、シンガポール・インドネシア・タイなどが制度設計を進めています。日本のGX-ETSも2026年度から本格稼働し、アジアの脱炭素市場の厚みは増す見通しです。

日本国内のカーボンクレジット市場規模

国内市場は世界市場と比べると規模はまだ小さいものの、制度設計と取引基盤の整備が急ピッチで進んでいます。本章では現状の数値と制度の構造を整理します。

国内市場規模の現状と推移

日本国内の代表的な取引基盤である東京証券取引所カーボン・クレジット市場は、2023年10月11日に開設されました。J-クレジットや超過削減枠を対象とし、価格の透明性を高める役割を担っています。

日本取引所グループの公表資料によると、2025年9月8日時点で累計売買高は100万トンを突破しました。市場参加者は2025年1月時点で312者にのぼり、商社・電力会社・金融機関・自治体・事業会社など幅広い主体が参加しています。J-クレジット価格は2025年9月中旬に初めて1トン5,400円を超え、上昇トレンドに入っています。

参照:日本取引所グループ「カーボン・クレジット市場の累計売買高が100万トンに到達」

GX-ETSとJ-クレジット制度の位置づけ

国内の二大柱が、排出枠を取引するGX-ETSと、削減量を認証するJ-クレジットです。役割が異なり、棲み分けと連携が制度的に設計されています。

GX-ETSは3つのフェーズで段階的に強化されます。第1フェーズ(2023〜2025年度)はGXリーグでの自主参加期、第2フェーズ(2026〜2032年度)から本格稼働となり、年間CO2直接排出量10万トン以上の事業者を対象に参加が義務化されます。第3フェーズ(2033年度以降)では発電部門への有償オークションが段階的に導入される見通しです。

参照:経済産業省「排出量取引制度の詳細設計に向けた検討方針」

J-クレジット制度は、省エネ設備の導入、再エネ発電、森林管理などによる温室効果ガス削減・吸収量を国が認証する仕組みです。経済産業省・環境省・農林水産省の共同運営で、2025年時点での累計認証量は約1,333万tCO2に達しています。中小企業や自治体が排出量を売却するチャネルとしても機能しています。

参照:J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度について(データ集)」

国内市場を構成する主要プレイヤー

国内市場の主要参加者は、機能ごとに整理できます。

第一に、総合商社・エネルギー会社は、海外プロジェクトの権益取得と国内販売の両面で動いています。脱炭素関連事業をグループ全体の成長軸に据える企業が増えています。

第二に、金融機関・取引所です。メガバンクや地域金融機関がクレジット仲介・投資ファイナンスに参入し、東京証券取引所は取引基盤の整備を担います。

第三に、プロジェクト創出側の事業者です。森林所有者、再エネ事業者、省エネソリューション提供企業などが、削減・吸収量をクレジット化して市場に供給します。J-クレジット制度では中小企業の参画事例も増えており、地域単位での取り組みも目立ちます。

カーボンクレジットの価格動向と需給構造

価格は種別・地域・品質によって幅が大きく、長期調達計画を組む上で正確な相場感が欠かせません。本章では価格レンジと変動要因を整理します。

クレジット種別ごとの価格レンジ

クレジットの価格は、削減方法の種別によって明確に階層化されています。

再エネ系クレジット(太陽光・風力など)は最も低位で、概ね数ドル〜10ドル程度で取引されることが多いカテゴリです。供給量が比較的多く、追加性の評価が論点になります。

森林・自然由来クレジット(REDD+、植林等)は中位で、5〜30ドルレンジが一般的です。永続性リスクや先住民の権利問題などが価格・評価に影響します。

除去系(CDR:DAC、BECCS、バイオ炭など)は最も高価格帯で、100〜600ドル/トンのレンジになることもあります。技術的に確実で永続性が高い反面、供給量が極めて限定的です。

クレジット種別 価格レンジ目安(USD/tCO2) 主な特徴
再エネ系 1〜10 供給多、追加性評価が論点
省エネ・メタン回収系 3〜15 比較的安定、品質の幅あり
森林・自然由来 5〜30 永続性・社会的影響に注意
除去系(CDR) 100〜600+ 高品質・希少、長期契約中心

価格変動の主要因

価格を動かす要因は3つに整理できます。第一は品質基準の厳格化です。ICVCM(Integrity Council for Voluntary Carbon Markets)が打ち出すCCP(Core Carbon Principles)ラベルなど、第三者の品質基準が市場の選別を進めています。要件を満たさないクレジットは値崩れし、合格クレジットには「品質プレミアム」がつきます。

第二は規制動向と需要急増です。EU-CBAM(炭素国境調整措置)の本格運用や、各国ETSの対象拡大により、コンプライアンス需要は構造的に増えます。SBT認定企業の増加もボランタリー側の押し上げ要因です。

第三はプロジェクト供給のリードタイムです。植林系プロジェクトは認証取得まで数年、CDR施設は商業化まで数年〜10年規模を要します。需要急増に供給が即応できない構造が、価格上昇圧力を持続させます。

今後の需給バランス予測

McKinseyの推計をベースに整理すると、2030年の年間需要は1.5〜2.0ギガトンCO2、品質要件を満たす供給は1〜5ギガトンCO2と見込まれます。中位シナリオではほぼ均衡、悲観シナリオでは明確な需給ひっ迫が生じる見通しです。

特に注意したいのが高品質クレジットの希少化です。CCPラベル付与済みのクレジットや、CDRのような技術系クレジットは、需要側が長期契約で囲い込み始めています。スポット市場で安定的に調達できる前提は崩れつつあり、調達戦略の前倒しが論点になります。

供給ギャップが現実化すれば、企業は「手に入る安価なクレジットを買う」戦略から、「数年先を見据えて契約し、自社が必要とする量と質を確保する」戦略へ転換せざるを得ません。

市場拡大を牽引する主要プレイヤー

市場拡大を担うプレイヤーは、取引基盤、プロジェクト供給、品質保証の3層に分けて理解すると整理しやすくなります。

取引所・取引プラットフォーム

国内では東京証券取引所カーボン・クレジット市場が中心です。J-クレジットを上場し、価格情報の透明化と参加者の裾野拡大を進めています。日本取引所グループは制度を整備しながら、市場参加者数や売買高を継続的に伸ばしてきました。

海外では、ICE(Intercontinental Exchange)がEU-ETS関連の先物・オプションで世界最大の流動性を持ちます。ボランタリー市場ではCBL(Xpansiv傘下)がスポット取引の中核を担い、Verra認証クレジットなどの取引基盤として機能しています。

加えて、ブロックチェーンを活用したデジタルプラットフォームの動きもあります。トークン化したクレジットの流通には品質担保や二重計上回避の論点が残るものの、取引コスト低減と透明性向上の方向性は明確です。

プロジェクト開発・組成事業者

供給側を担うのは、プロジェクトを実際に組成し運営する事業者です。森林保全・植林系では、現地NGOや保全企業、自治体と連携した大規模プロジェクトが中心です。再エネ系は発電事業者がクレジット化を行います。

新領域として注目度が高いのがDAC(直接空気回収)やBECCS(バイオエネルギーCCS)といった除去技術系です。商業化途上の段階で、長期オフテイク契約を前提に資金調達が進んでいます。

総合商社は、これら供給側プレイヤーと連携しつつ、自社グループの脱炭素需要にも応える「両建て」のポジションを取っています。プロジェクト権益の取得から国内販売まで一気通したバリューチェーンを志向する例も増えています。

認証機関と検証機関の役割

クレジットの信頼性は、認証規格と第三者検証によって担保されます。国際的にはVCS(Verified Carbon Standard、Verra運営)とGold Standardが二大規格で、世界のボランタリー市場で発行される多くのクレジットがいずれかに準拠しています。

これらの上位レイヤーとして、ICVCMが定めるCCPラベルが高品質基準のリファレンスとして広がっています。VCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)は買い手側の主張ガイドラインを整備しており、両者は車の両輪として市場の質を引き上げています。

第三者検証機関(VVB:Validation/Verification Body)の役割も重要です。プロジェクトの追加性、ベースライン設定、削減量の正確性を独立に確認することで、市場全体の信認が成立します。

業界別の活用シーンと参入パターン

カーボンクレジットの活用パターンは業界特性によって異なります。本章では製造業、金融・商社、中堅中小企業の3類型で整理します。

製造業における活用パターン

製造業の活用は、Scope1(直接排出)・Scope2(電力など間接排出)の残余排出オフセットが起点になります。SBT認定の取得を目指す企業では、まず削減策を尽くした上で、残った排出にクレジットを充当する設計が一般的です。

サプライチェーン全体で見ると、Scope3対応の文脈で取引先や顧客からクレジット活用を要請されるケースも増えています。自動車・電機・素材産業では、最終消費者向け製品のカーボンフットプリント開示が販売条件化しつつあり、原材料段階からの脱炭素対応が論点です。

実務では、製造拠点ごとの排出量算定、削減施策の優先順位づけ、残余排出のクレジット調達方針策定という順序で検討するのが定石です。クレジット調達は最後のピースであり、削減を先に動かす設計が望ましいパターンです。

金融・商社の参入動向

金融機関は3つの軸で参入しています。第一がクレジット投資ファンドの組成です。グローバルではメガバンクや運用会社がCDR専用ファンドを立ち上げる事例が増えています。第二がプロジェクトファイナンスで、長期オフテイク契約を担保にした資金供給です。第三が自己勘定でのトレーディングと顧客向け仲介です。

総合商社は、海外プロジェクトの権益取得を強みに、上流から下流までを横断するポジションを構築しています。脱炭素を新たな収益柱と位置づけ、専門組織を設置する動きも一般化しています。

中堅・中小企業が活用するステップ

中堅・中小企業は、いきなり大規模クレジット調達に踏み込むより、段階を踏んで進めるアプローチが現実的です。

第一段階は自社の排出量算定です。GHGプロトコルやSBTのガイダンスに沿ってScope1・2をまず把握し、Scope3は把握可能な範囲から始めます。第二段階は削減施策の実施で、省エネ設備更新、再エネ電力切替などの自社削減策を優先します。

第三段階でJ-クレジット購入を入口とした段階的な調達に進みます。J-クレジットは国内認証で価格透明性も比較的高く、初動の選択肢として扱いやすい仕組みです。中長期的には海外ボランタリークレジットや高品質除去系の組み合わせを検討し、調達の幅を広げていきます。

市場参入・活用時の実務上のポイント

市場活用には固有の落とし穴があります。本章では信頼性の見極め、会計・開示、典型的な失敗パターンの3点を整理します。

クレジットの信頼性と品質の見極め方

品質評価の中核となる観点は、追加性(ベースライン超過の削減か)、永続性(削減効果が長期維持されるか)、二重計上回避(同じ削減が複数主体で計上されていないか)の3点です。

追加性は、クレジット収益がなければプロジェクトが成立しなかったかを問います。既に商業的に成立している案件をクレジット化する「見せかけ削減」を排除する論点です。永続性は森林系で特に重要で、火災や伐採による消失リスクをどう担保するかが論点になります。

実務では、ICVCMのCCPラベル、VCMIのClaims Code of Practiceといった国際的な品質ラベルを参照するのが効率的です。VCS・Gold Standardの認証に加え、上位ラベルを満たすクレジットを優先する選別軸を社内で定義しておくと、調達判断がぶれにくくなります。

会計・開示上の留意点

会計・開示面では論点が複数あります。GHGプロトコルでは、クレジットの活用はインベントリ削減ではなく「補完的な対応」と整理されており、自社排出量の差し引きには使えません。クレジット適用後の数値を「ネット排出量」と別途開示する設計が原則です。

TCFDやSSBJ(サステナビリティ基準委員会)の開示基準でも、クレジット活用の前提条件・量・種別の開示が求められる方向です。基準に沿った開示ができないと、グリーンウォッシュ批判に晒されるリスクが生じます。

会計処理上は、保有目的により棚卸資産・無形資産・前払費用などの計上区分が変わる論点があります。トレーディング目的か自社使用目的か、購入時点で消却を見込むか保有するかにより処理が分かれるため、経理・財務部門と早めにすり合わせておくのが実務的な進め方です。

ありがちな失敗パターンと回避策

第一の失敗はグリーンウォッシュ批判への準備不足です。「カーボンニュートラル達成」と打ち出した企業が、削減努力の不十分さやクレジット品質の低さを指摘される事例が国内外で発生しています。打ち出し前に、削減実績・クレジット内訳・残余排出の根拠を開示資料レベルで整えておくことが回避策になります。

第二は削減努力との優先順位混同です。「クレジットがあるから削減投資は後回し」という発想は、SBTやネットゼロ基準と相容れません。削減ヒエラルキー(自社削減→Scope3削減→残余のオフセット)の順序を社内方針として明文化しておくと、判断のぶれを防げます。

第三は長期調達契約の落とし穴です。価格上昇を見越して長期固定契約を結んだが、品質基準改定により対象クレジットが評価を下げる、というリスクがあります。契約時には、品質基準の更新条項、解約条件、代替供給の取り決めをセットで設計するのが安全策です。

まとめ|市場規模データから読み解く戦略の方向性

ここまでの内容を踏まえ、市場規模の数字から自社のアクションへどう落とし込むかを整理します。

押さえるべき市場規模の数字

意思決定の起点として、最低限押さえておきたい数字があります。世界のコンプライアンス市場はEU-ETSを筆頭に最大セグメントを形成し、ボランタリー市場は2025年時点で15〜20億ドル規模とされます。McKinsey推計では2030年の年間需要は1.5〜2.0ギガトンCO2に達し、市場価値は数百億ドル規模に拡大する可能性があります。

国内では、東京証券取引所カーボン・クレジット市場が2025年9月に累計売買高100万トンを突破し、J-クレジット累計認証量は約1,333万tCO2に達しています。価格はEU-ETSが60〜80ユーロ前後、J-クレジットが5,000円台に乗せ、いずれも上昇基調です。

自社の脱炭素戦略への落とし込み

数字を踏まえた戦略の出発点は、削減と相殺の優先順位設計です。SBTやネットゼロ基準が前提とする削減ヒエラルキーに沿って、自社削減を主軸、クレジット活用を補完と位置づける設計を社内合意しておきます。

次に中長期の調達計画策定です。2030年に向けて高品質クレジットの希少化が見込まれる中、必要量の試算と数年単位の確保戦略を組み立てる時期に来ています。スポット買いだけに依存しない、複数年契約や複数種別のポートフォリオを設計します。

最後に情報収集体制の整備です。ICVCM・VCMI・SBT・SSBJなど複数の基準が併走する中、社内に専担機能を置くか、外部アドバイザーと連携する体制を持つかを決めておくと、基準改定への即応性が確保できます。

要点の振り返り

参照:World Bank「State and Trends of Carbon Pricing 2025」/McKinsey「A blueprint for scaling voluntary carbon markets」/日本取引所グループ「カーボン・クレジット市場」公表資料/J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度について(データ集)」/経済産業省「排出量取引制度の詳細設計に向けた検討方針」