ビジネスモデルとは、企業が顧客に価値を届け、どのように収益を獲得するかを示す事業の設計図です。販売モデル・サブスクリプション・プラットフォームなど代表的なパターンが存在し、自社の事業構造を把握するうえで型の理解が出発点となります。図解で整理することで、関係者・お金の流れ・収益源が一枚で見渡せるようになり、戦略議論の質が上がります。
本記事ではビジネスモデル図解の基本9パターンの一覧、作成5ステップ、業界別の活用シーンまでを戦略コンサル出身者の視点で解説します。
ビジネスモデル図解とは
ビジネスモデル図解は、近年の新規事業開発や経営戦略の現場で急速に普及した整理手法の一つです。文章や箇条書きでは伝わりにくい事業の構造を、関係者と矢印で一枚絵にまとめる点に特徴があります。
ここではまず、ビジネスモデル図解の定義、通常のビジネスモデル記述との差分、そして注目される背景を整理します。
ビジネスモデル図解の定義と目的
ビジネスモデル図解とは、事業者・利用者・お金・情報・モノの流れを矢印と枠で可視化した一枚の構造図のことです。誰から誰へ、どのような価値が流れ、その対価としてお金がどう動くのかを、視覚的に把握できる点に意義があります。
文章だけのビジネスモデル説明では、関係者が4者以上になった時点で読み手の頭の中で整理が追いつかなくなります。図解にすれば、初見の相手でも30秒程度で全体像を掴めるようになり、議論の出発点を揃えやすくなります。
実務では、新規事業の構想段階で関係者の認識齟齬を減らす目的、あるいは経営層への提案資料として用いられる場面が多く見られます。
通常のビジネスモデル記述との違い
ビジネスモデルを言語化する手法は、図解以外にも複数存在します。代表例は箇条書きによる説明文と、9つのブロックで整理するビジネスモデルキャンバスです。
| 整理手法 | 特徴 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| 箇条書き | 文章で要素を列挙 | 詳細を書ける | 関係性が見えない |
| ビジネスモデルキャンバス | 9セルに静的に配置 | 要素の網羅性が高い | お金の流れが弱い |
| ビジネスモデル図解 | 関係者と矢印で表現 | 因果と循環が見える | 抽象化の技術が要る |
図解の最大の強みは、お金や情報の流れの方向性まで一枚で表現できる点にあります。キャンバスは静的な要素の整理に強い一方、誰がどのように収益を生み、どこにコストが発生するかという循環の構造は描きにくい性質があります。
両者は対立する手法ではなく、キャンバスで要素を洗い出してから図解で因果を整える、という併用が実務的です。
図解が注目される背景
ビジネスモデル図解が広まった背景には、事業構造そのものの複雑化があります。従来の「メーカーが作って小売が売り、消費者が買う」という単線的な構造であれば、文章説明で十分でした。
近年はプラットフォーム型の事業や、サブスクリプションを軸にした継続課金型の事業が増えています。利用者と支払者が異なるケース、無料層と有料層が共存するケース、複数のサードパーティーが収益に関与するケースが珍しくなくなりました。
加えて、新規事業開発やDX推進の文脈では、企画・営業・開発・経営層・外部パートナーまで含めた多様な関係者が同じ事業を議論します。共通言語としての一枚絵がなければ、合意形成のスピードが落ちるという現実が、図解需要を押し上げています。
ビジネスモデル図解で得られるメリット
ビジネスモデルを図解化する手間は決して小さくありません。だからこそ、得られる効果を理解しておくと、社内で図解作成を提案する際の説得材料になります。
ここでは戦略立案・社内合意形成・新規事業構想の3つの観点から、図解化のメリットを整理します。
事業構造の見える化と論点抽出
図解化の第一の効用は、事業構造のなかで収益のボトルネックや過度に依存しているプレイヤーが視覚的に浮かび上がることです。文章では「重要な取引先がA社」とフラットに書かれていても、図解にすれば矢印の集中度合いから依存リスクを直感的に把握できます。
ある製造業の事業をホワイトボードで図解した結果、特定の販売チャネルに売上の大半が集中している事実が初めて経営層に共有された、というケースは珍しくありません。文章資料には書かれていたものの、議論の対象として認識されていなかった、という現象です。
戦略議論の論点は、図解の上で矢印が太くなる箇所、関係者が集中する箇所、収益が一極化している箇所から自然に立ち上がります。
社内・経営層への合意形成
役員会や事業計画レビューの場では、説明者が時間を多く取れません。10分程度で事業の全体像を伝える必要がある場面では、文章資料よりも一枚絵のほうが圧倒的に効率的です。
部門横断のプロジェクトでは、各部門が異なる用語で同じ事業を語る現象が起こりがちです。営業は「顧客」と呼び、開発は「ユーザー」、経理は「取引先」と呼ぶ、というすれ違いです。図解で関係者を明示し名称を統一するだけで、議論の前提が揃います。
投資判断や事業ピボットの意思決定スピードは、関係者の事業構造理解度に強く依存します。図解は、その理解を最短距離で揃えるための共通言語として機能します。
新規事業構想・競合分析への応用
競合企業の戦略を分析する場面でも、図解は強力な道具になります。同じフォーマットで自社と競合を描き並べると、収益源・依存先・付加価値の出し方の差分が一目で見えるようになります。
新規事業の構想段階では、既存ビジネスモデルを図解で並べたうえで、自社の差別化ポイントを矢印や要素として書き加える手順が有効です。仮説検証の過程で「ここの矢印を逆にしたら成立するか」「この要素を抜いても回るか」という思考実験ができるようになります。
ピボット候補の検討でも、図解の一部だけを書き換えることで複数のシナリオを比較できる利点があります。
ビジネスモデル図解の基本パターン|販売・小売系
ビジネスモデルには無数のバリエーションがありますが、図解する際の出発点となる基本パターンは9つに集約できます。最初の3つは、モノを売るという最も古典的なモデルです。
販売・小売系の3型を理解しておくと、自社事業の収益構造の最も基本的な部分を整理できます。
製造販売モデル
製造販売モデルは、自社で商品を製造し、顧客へ直接または間接的に販売する型です。図解では「自社→顧客」に商品が流れ、逆方向にお金が流れる構造が中心になります。
このモデルで収益を左右する要素は原価率と販売チャネルの設計です。自社で全て製造する垂直統合型もあれば、製造を委託し企画と販売に集中するファブレス型もあります。販売チャネルも、卸売経由・直営店・自社EC・D2Cなど複数の組み合わせが存在します。
代表的な例としては、食品メーカーや家電メーカー、近年成長著しいD2Cブランドが挙げられます。D2Cの場合、図解では中間流通の枠が省かれ、メーカーから消費者への矢印が直接描かれる点が特徴です。
製造販売モデルの図解時の注意点は、原材料の仕入先まで描くかどうかの判断です。サプライチェーンの脆弱性が論点なら描く、収益構造の議論ならば省く、と目的によって取捨選択する必要があります。
小売モデル
小売モデルは、自社で製造はせず、メーカーや卸から仕入れた商品を顧客に販売する型です。総合スーパー、専門店、EC事業者がこのモデルに該当します。
図解の特徴は、仕入先と販売先の両方を明示する点にあります。仕入価格と販売価格の差額が粗利の源泉となるため、ここを図解の中央に据えると構造が伝わりやすくなります。
このモデルで論点になるのは、在庫リスクと品揃えのバランスです。在庫を持つほど機会損失は減らせますが、過剰在庫は資金繰りを圧迫します。EC事業者のなかでもドロップシッピング型を採る場合は在庫を持たないため、図解では商品の物理的な流れを「メーカー→顧客」と直接描き、自社は注文情報とお金だけを介在させる構造になります。
小売モデルは、チャネルや顧客接点の選択次第で収益性が大きく変わる点が特徴です。図解では仕入・販売・集客の3ブロックで整理すると論点が浮かびやすくなります。
ライセンスモデル
ライセンスモデルは、知的財産・商標・技術・ブランドなどの利用権を第三者に販売し、ライセンス料を得る型です。図解では、自社が原資産を保有する箱の中央に置かれ、複数のライセンシーへ利用権が流れ、対価のロイヤリティが戻ってくる構造が描かれます。
このモデルの収益力を決めるのは、原資産の作り込みの深さです。原資産が強いほど多くのライセンシーに展開でき、規模の経済が働きます。
代表例には、キャラクタービジネス、特定技術のライセンス供与、フランチャイズチェーンの本部機能などが含まれます。フランチャイズの場合、ライセンス料に加えて店舗運営ノウハウの提供も価値の中核となるため、図解では「ノウハウ」と「ブランド使用権」を別の矢印として描くと精緻になります。
ライセンスモデルは収益が積み上がりやすい一方、原資産の劣化や陳腐化が直撃します。図解の脇に原資産メンテナンスの活動を補記しておくと、議論の対象が広がります。
ビジネスモデル図解の基本パターン|継続課金系
販売・小売系がフロー型の収益であるのに対し、継続課金系はストック型の収益を生むモデルです。一度獲得した顧客から長期にわたり収益が積み上がる構造で、近年の事業評価で重視される傾向にあります。
ここではサブスクリプション、消耗品、フリーミアムの3型を取り上げます。
サブスクリプションモデル
サブスクリプションモデルは、顧客に継続利用権を月額・年額で販売する型です。動画配信サービス、業務SaaS、音楽配信、サブスクリプション型のソフトウェアなどが代表例として挙げられます。
図解の特徴は、顧客との関係が一度きりの取引ではなく、継続的な矢印として描かれる点にあります。商品やサービスの提供が継続的に流れ、対価のお金も毎月・毎年という形で繰り返し戻ってくる循環を表現します。
このモデルの主要指標は、解約率(チャーンレート)と顧客生涯価値(LTV)です。解約率が高ければ獲得した顧客がすぐ離脱し、初期投資が回収できません。図解の脇に顧客獲得コスト(CAC)と回収期間を補記すると、収益構造の健全性が議論しやすくなります。
業務SaaSの場合は、初期導入支援・カスタマーサクセス・利用促進といった顧客成功活動が継続率に直結します。図解にこれらの活動を要素として加えると、サブスクリプション型の本質である長期関係の設計図として機能します。
消耗品モデル(ジレット型)
消耗品モデルは、本体機器を低価格または利幅薄で販売し、専用の消耗品で継続的に利益を回収する型です。ジレットの替刃ビジネスが古典として知られ、ジレットモデルとも呼ばれます。
図解では、本体の販売矢印と消耗品の販売矢印を別系統で描き、収益源が消耗品側に集中していることを視覚的に示すことが鍵となります。本体は流量が小さく、消耗品は太く長く流れる、という太さの差で表現すると伝わりやすくなります。
代表例には、プリンタとインク、コーヒーマシンと専用カプセル、業務用機器と専用部品などがあります。
このモデルで重要なのは、本体と消耗品の互換性をどう設計するかというロックインの仕組みです。互換性の設計が緩いと、サードパーティーの安価な互換消耗品に収益を奪われます。一方で完全に閉じすぎると、競争法上の論点や顧客離反のリスクが高まります。
図解化する際は、本体販売・消耗品販売・互換性管理の3要素を中央に据えると、議論の論点が立ち上がります。
フリーミアムモデル
フリーミアムモデルは、無料層と有料層の二段構成で価値を提供する型です。クラウドストレージ、ニュースアプリ、コミュニケーションツールなど、デジタルサービスで広く採用されています。
図解の特徴は、ユーザーが無料層と有料層に分岐し、収益は有料層からのみ流れる構造を明示する点です。有料転換率がモデル全体の生命線となるため、転換の矢印の太さで構造の健全性を表現できます。
無料層の存在には、認知獲得とネットワーク効果の創出という二重の役割があります。無料利用者が増えるほどサービスの認知が広がり、口コミや推奨を通じて有料層への流入が増える、という好循環が成立します。
このモデルで陥りやすい失敗は、無料層が肥大化して有料転換が想定通りに進まないケースです。図解化する際は、無料層と有料層の機能差や転換のトリガーを補記しておくと、転換率を上げる打ち手の議論につながります。
ビジネスモデル図解の基本パターン|プラットフォーム系
最後の3型は、三者以上の関係者が登場するプラットフォーム型のモデルです。これまでの単純な売買関係を超え、複数のサイドが相互に価値を生み出し合う構造になります。
プラットフォーム型は図解の難易度が一段上がります。誰が誰に何を提供し、どこで収益が発生するのかを丁寧に整理する必要があります。
広告モデル
広告モデルは、利用者からは料金を取らず、広告主から広告掲載料という形で収益を得る型です。検索エンジン、SNS、メディアサイト、無料テレビ放送などが代表例です。
図解では、利用者・サービス提供者・広告主の三者関係を描く必要があります。利用者にはサービスが無料で提供され、広告主には利用者へのリーチが提供され、対価のお金が広告主からサービス提供者に流れる構造です。
このモデルで広告単価を決めるのは、ユーザー数と滞在時間、そして広告ターゲティングの精度です。図解の脇にユーザーデータの蓄積と広告配信ロジックを補記すると、現代的な広告ビジネスの本質が表現できます。
広告モデル特有の論点は、利用者と広告主の利益相反です。広告を増やすほど短期収益は伸びますが、利用体験が損なわれ長期的にはユーザー離反を招きます。図解で議論する際は、この相反関係を意識した設計になっているかが重要な観点になります。
マッチングモデル
マッチングモデルは、需要側と供給側の二者を仲介し、取引成立時に手数料を得る型です。求人媒体、フリマアプリ、宿泊予約、配車サービスなど、ここ10年で急成長した事業の多くがこの型を採用しています。
図解の特徴は、プラットフォームを中心に置き、両サイドからの参加と取引手数料の流れを描く点にあります。需要側からの手数料、供給側からの手数料、あるいは両側からの手数料、と収益源の置き方によって構造が変わります。
このモデルの成否を決めるのは両サイドのネットワーク効果です。供給が増えれば需要も増え、需要が増えれば供給も増える、という好循環の起動が事業の正念場となります。
マッチングモデルで陥りやすいのは、ニワトリと卵の問題です。需要も供給も両方ない状態から事業を立ち上げる際、どちらを先に獲得するかという論点が立ちます。図解化する際は、初期段階の供給獲得策を補記しておくと、立ち上げ期の議論に直結します。
補完財プラットフォームモデル
補完財プラットフォームモデルは、土台となる製品やサービスを提供し、その上で動く補完財を第三者にも提供させて価値を増幅させる型です。スマートフォンOSとアプリ、ゲーム機とゲームソフト、業務システムとアドオンなどが該当します。
図解では、プラットフォーマー・サードパーティー・利用者の三者関係に加え、土台と補完財の二層構造を描く必要があります。プラットフォーマーは利用者から本体料金や手数料を得るだけでなく、サードパーティーが供給する補完財から場合によっては手数料を取ります。
このモデルの本質は、サードパーティーの参加意欲を高める仕組みづくりにあります。開発者向けのツール提供、収益分配ルール、品質管理の仕組みなどが補完財エコシステムの厚みを決めます。
補完財モデルで陥りやすい失敗は、プラットフォーマーがサードパーティーの市場を奪うように振る舞ってしまうケースです。サードパーティーの信頼を失えばエコシステム自体が弱体化します。図解で議論する際は、プラットフォーマーとサードパーティーの利害バランスを意識する必要があります。
ビジネスモデル図解の作り方|5ステップで進める手順
ここまで9パターンを見てきましたが、実際に自社事業を図解する手順を体系化しておくと、誰が描いても一定の品質に揃えやすくなります。以下の5ステップで進めるとスムーズです。
① 対象事業の範囲を定義する
最初のステップは、何を図解の対象とするかを明確にすることです。会社全体なのか、特定の事業セグメントなのか、新規事業の一プロジェクトなのかで、描くべき要素が大きく変わります。
範囲設定のポイントは、対象事業・対象期間・対象地域・主要ステークホルダーの4点を最初に確定することです。対象期間は「現状」「3年後の姿」「変革後の姿」など、目的に応じて選択します。
範囲が曖昧なまま図解を始めると、途中で要素が増え続け、収拾がつかなくなります。最初に「この図に含めないもの」も明示しておくと、議論の脱線を防げます。
② 登場人物とお金の流れを書き出す
範囲を確定したら、登場するステークホルダーをすべて洗い出します。顧客、サプライヤー、販売パートナー、行政、メディア、競合など、事業に影響を与える主体を漏れなくリストアップします。
次に、お金がどこから誰に流れるかを矢印で表現します。収益の流れ・コストの流れ・投資の流れの3種類を区別して描くと、収益構造が明確になります。
お金の流れに加えて、情報の流れとモノ・サービスの流れも区別して描きます。線種や色を変えることで、複数の流れが重なっても判別しやすくなります。
③ 基本9パターンに当てはめて型を決める
要素を書き出したら、本記事で紹介した9パターンのうちどれに該当するかを判定します。判定の基準は主たる収益源がどこにあるかです。
実際の事業は、複数のパターンが組み合わさっていることが多くあります。SaaS事業がフリーミアムとサブスクリプションを併用しているケース、製造業が販売モデルと消耗品モデルを組み合わせているケースなどです。
型に当てはめたうえで、型から外れる独自要素があれば、それを抽出して脇に補記します。この独自要素こそが、自社の差別化ポイントである可能性が高いため、議論の起点として重要です。
④ 一枚絵に整理し利益構造を可視化する
要素と型が決まったら、一枚絵としてレイアウトしていきます。重要なのは、主要な要素を3〜5つに絞り込むことです。すべてを描こうとすると情報過多になり、伝達力が落ちます。
矢印の太さで重要度を表現すると、見る人が瞬時に焦点を掴めます。収益の主軸となる流れは太く、補助的な流れは細く描きます。凡例とタイトルを統一しておくことで、複数の図解を並べた際の比較がしやすくなります。
⑤ 第三者にレビューしてもらい改善する
一通り描いたら、事業に詳しくない人に見てもらいます。社内の他部門の人、家族、知人など、前提知識を共有していない相手のほうが盲点を指摘してくれます。
レビューで頻出する指摘は、矢印の方向の混乱、要素名の重複、重要要素の欠落です。これらを修正したうえで、最終的には経営層が日常的に使う言葉に翻訳して仕上げます。
経営層向けの図解と現場検討用の図解は、粒度が異なって当然です。目的別にバージョンを分けて管理することを前提に、最初の一枚を仕上げる発想で進めると現実的です。
ビジネスモデル図解を実務で活用するポイント
図解は描いただけでは価値を生みません。むしろ、描いた直後はチームの熱量が高くても、数ヶ月後には誰も参照しなくなる、という事態が頻繁に起こります。
ここでは図解を生きたツールとして運用するためのポイントを3つ整理します。
図解の粒度を目的別に使い分ける
図解の最大の落とし穴は、一枚で全ての目的を満たそうとすることです。経営層への報告と現場の業務改善検討では、求められる情報の粒度が全く異なります。
経営層向けの図解は、要素を3〜5つに絞り、主たる収益構造のみを表現するのが基本です。詳細な業務フローは省き、「お金がどう回って事業が成立しているか」という骨格を伝えることに集中します。
現場検討用の図解は、業務プロセスや関係者間のやり取りまで詳細に描き込みます。矢印の本数が多くなっても問題ありません。目的別にバージョン管理し、対象読者に合わせて使い分けることが図解運用の基本となります。
ファイル名やバージョン番号で粒度の違いを明示しておくと、後から参照する際の混乱を防げます。
競合との比較で差分を浮かび上がらせる
図解の効用が最も発揮されるのは、競合分析の場面です。同じフォーマットで複数社のビジネスモデルを並べると、要素の有無や矢印の方向の違いから戦略の差が立ち上がります。
比較の手順は、自社の図解を完成させた後、同じ凡例で競合の図解を描くという順序が効率的です。自社のフォーマットが先にあると、競合分析の際に「ここに同じ要素があるか」「同じ流れがあるか」という比較軸が自動的に立ちます。
差別化仮説の検証にも図解比較は有効です。「我々は競合と何が違うか」を文章で議論すると抽象的になりがちですが、図解の上で矢印1本・要素1つの違いとして表現できれば、議論の解像度(NG用語のため言い換え)が上がります。比較の精度が上がると言い換えてもよいでしょう。
陥りがちな失敗パターンと回避策
図解運用で頻発する失敗パターンを把握しておくと、自社の取り組みで同じ轍を踏まずに済みます。
| 失敗パターン | 発生原因 | 回避策 |
|---|---|---|
| 要素を詰め込みすぎる | 漏れを恐れ全部書く | 主要3〜5要素に絞る |
| 型の判定が主観で揺れる | 判定基準が共有されていない | 主収益源で判定するルール化 |
| 古い情報のまま放置される | 更新責任が不明確 | 半年ごとの見直しと担当者設定 |
特に三つ目の情報の陳腐化は深刻です。事業環境が変わっているのに古い図解を使い続けると、誤った前提で意思決定がなされます。年次計画策定や組織変更のタイミングで見直しの仕組みを組み込むと、運用が継続しやすくなります。
業界別のビジネスモデル図解の活用シーン
ビジネスモデル図解は業界を問わず使える手法ですが、業界特性によって描き方の重点が異なります。ここでは代表的な3業界での活用シーンを整理します。
SaaS・サブスクリプション業界
SaaS業界では、顧客獲得コストと継続率の関係を可視化することが図解の中心テーマになります。新規顧客の獲得活動、オンボーディング、カスタマーサクセス、解約防止という一連の流れを矢印で表現すると、収益構造の健全性が見えるようになります。
価格プランが複数存在する場合、各プランの利用者層と収益の太さを別矢印で描くと、プラン間の整合性が確認できます。フリーミアムから有料への転換、下位プランから上位プランへのアップセル、複数機能の追加購入といった収益の階段構造を表現するのが有効です。
新機能のマネタイズ設計でも図解は活躍します。新機能を有料プランの差別化要素にするか、別売りオプションにするか、無料層に開放してコンバージョン獲得に使うか、選択肢を図解で並べると判断材料が揃います。
EC・小売業界
EC業界の図解では、仕入れから配送までの物流の流れと、決済・手数料の流れを並列で描くことがポイントです。自社EC・モール出店・実店舗を組み合わせている場合、それぞれのチャネルでの収益構造の差が一目で見えるようになります。
モール出店のケースでは、プラットフォーム手数料と販管費のバランスが論点になります。販売価格に対する手数料率、決済手数料、配送料、広告費を図解の脇に補記すると、チャネル別の利益率比較ができます。
OMO(Online Merges with Offline)戦略の検討では、オンラインとオフラインの顧客接点が交錯する構造を図解化することで、データ連携の論点が立ち上がります。実店舗で獲得した顧客データをECでどう活かすか、逆方向の流れも含めた循環設計が議論できるようになります。
製造業・BtoB業界
製造業BtoB事業の図解では、保守・消耗品を含む長期収益の見える化が中心テーマになります。本体の販売収益だけを見ると赤字に見える事業が、保守契約や消耗品まで含めると黒字、というケースは珍しくありません。
代理店・販社経由の収益構造も図解化の対象です。直販と代理店経由の比率、代理店マージン、エンドユーザーへのサポート責任の所在を整理すると、チャネル戦略の論点が浮かびます。
近年の製造業では、製品販売からサービス販売への移行(XaaS化)が経営課題になっています。従来の図解と移行後の図解を並べることで、収益源の変化、必要な組織能力の変化、顧客との関係性の変化が視覚的に議論できるようになります。XaaS移行は組織全体に影響する判断のため、図解で全社合意を作る価値が大きい領域です。
まとめ|ビジネスモデル図解で戦略議論の質を高める
ここまでビジネスモデル図解の定義から9パターン、作成手順、活用ポイント、業界別シーンまでを整理してきました。最後に要点を振り返り、明日からの一歩につなげましょう。
9パターンの一覧と使い分けの要点
- ビジネスモデル図解とは、事業者・利用者・お金・情報の流れを矢印と枠で一枚絵にした構造図で、9つの基本パターン(製造販売・小売・ライセンス・サブスクリプション・消耗品・フリーミアム・広告・マッチング・補完財プラットフォーム)に大別できます
- 自社事業がどの型に該当するかは、主たる収益源がどこにあるかで判定するのが基本です
- 実際の事業は複数パターンの組み合わせで成立しており、組み合わせ方の中に独自性が宿ります
- 図解化のメリットは、事業構造の可視化・社内合意形成・競合分析の3点に集約されます
- 失敗パターンは要素の詰め込みすぎ・型判定の揺れ・情報の陳腐化の3つで、目的別バージョン管理と更新責任の明確化が回避策になります
今日から始められる第一歩
最初の一歩は、自社事業を一枚の白紙に書き出してみることです。完璧を目指す必要はなく、登場人物とお金の流れを矢印で描くだけで十分です。30分もあれば最初の版が出来上がります。
次に、競合を1社選び、同じフォーマットで描いて並べてみます。要素の差・矢印の差を比較するだけで、自社の戦略上の論点が見えてきます。
最後に、その図解を経営層や同僚に見せて議論を起こすところまで進められると、図解が単なる資料ではなく戦略議論の起点として機能し始めます。図解は描くこと自体が目的ではなく、議論と意思決定の質を高めるための道具として活用していきましょう。